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6年目のマレーシア生活がはじまる

今日から私のマレーシア・ジョホールバル生活は6年目に入ります。
5年前の2月28日。
イスカンダル計画を知って、新たなビジネスチャンスへの希望を胸に。
多国籍国家での子供の教育への期待を胸に。
治安や母子生活への不安を感じつつも、楽しみとワクワクで燃えていました。

ジョホールバルに着いたその日に、まず携帯電話を契約して、車をレンタルして、シンプルな家具屋さんで全ての家具を買い揃え、2、3日ホテルに宿泊してその間に家具を搬入してもらい、4日目くらいからやっと家に住み始めたのでした。

それから、最初の2年は、全てが新しい出来事に満ち溢れ、毎日が新鮮で楽しくて楽しくて。
次の1年は、慣れてしまって退屈になり、ジョホールバルからクアラルンプールなどに引っ越すことを考えたりしていました。
4年目は、ジョホールバルにしばらく落ち着いて、今後の発展を見届けるのがよいのではないかと思いはじめ、そのうちにどんどん生活は便利になっていきました。
そして5年目は、「これからも子供が高校を卒業するまでは、ジョホールバルで生活していこう」と確信が持てるようになり、すっかり地に足が着いた感じで6年目を迎えました。

5年前に2歳3ヶ月でジョホールバルに来た息子は、今はすでに7歳。
ほぼマレーシア、たまに日本、という2重生活を満喫し、どこででも適応できるという感じで、環境に柔軟に育っていると思います。
そしてその一方、日本への憧れが強く、日本人としての誇りをより強く持っている気がします。
(靴を揃える、ゴミを捨てないなどのマナーを、「日本人なのだからちゃんとしなきゃ」という風に。)

本人は5年前の2歳の時の記憶がほぼ全くないようですが、私は、ここに来た当日のこと、知り合いがいない中で親切にしてくれた人々のことなど、つい最近のことのように鮮明に覚えています。

仕事については、東京の会社は、優秀で信頼できるスタッフのお陰でまわっていて、感謝しかありません。
ただ、遠隔地にいて、ずっと今のままで推移するのは難しいでしょうから、マレーシアでなんとかしなくては。
マレーシアの仕事は、試行錯誤してうまくいったり、空回りだったり、新たなパッションが湧いては消え湧いては消え湧かずに停滞、と繰り返す中で、確実に何か大切なことが自分のモノになってきている感覚はあるのですが、マレーシアと日本の物価水準の違いにより、なかなか安定的な利益に繋げるのは難しいと感じています。
これについては、のんびりとまわりを見渡しながら時期を伺うのがいいのかな。
誰かの役に立ったり、文化や食文化を伝えていくお手伝いなどをライフワークとしていけたら素敵だなと。

生活は、驚くレベルで便利になってきています。
5年前は、数棟しかなかった高層マンションが、今はニョキニョキと立ち並んでいます。
ボッタクリタクシーかマイカーかの選択肢だったのが、今はグラブタクシーが当たり前のように生活に根付いています。
骨なし鶏モモ肉が売ってなかったり、美味しい洋食屋さんも数軒しかなかったり、和食といえば高級店しかなかったのに、今では不便なくどこでも買える。
100円ショップも、ユニクロも、IKEAもできました。

生活の不便をほぼ感じず、子供の教育の方向性についても迷わず、そして毎日が楽しいので、このジョホール生活はこれからしばらくはずっと続くでしょう。
家族の理解に感謝。
そしてなによりも、常にサポートしてくれたり、気づきをくれる友人達、そして暖かく受け入れてくれるマレーシアの人々に感謝感謝です。

6年目のJBよしこ をこれからもどうぞよろしくお願いいたします!
2019年2月28日 JBよしこ こと 土屋芳子