第一弾はこちらからどうぞ→ 「デイジーのセブ語学留学記・その1 〜気になる留学の中身と成果!?〜」
第二弾はこちらからどうぞ→ 「デイジーのセブ語学留学記・その2 〜留学費用は? 現地での生活は? 日本から持っていくと便利なものは?〜」
セブ留学を終えて早1カ月。
同期の入学仲間たちもそれぞれの留学を終え、日常に戻っているようです。
(プリズンでまだまだがんばってる仲間もいますが!!)
今年に入ってからよきご縁あってイギリス人の英語の先生(英語教育のプロフェッショナル!)に巡り会うことができ、週1回個人レッスンを受け始めました。
「英語を書く」作業が思いのほか楽しくて、毎回宿題をもらってはせっせとこなしています。
英語を使いこなしてる人たちは、みんな通ってきた道ですからね。
遅まきながら今年はコミットしてますよ!!
さて、セブでの英語漬け生活を振り返ると、必ず脳裏に浮かぶ光景があります。
それは、スラムで見たものやそこで出会った人たちのこと。
セブの語学学校って土日祝日は授業がないんですよ。
で、みんなどうしてるかっていうと、もちろん熱心に勉強してる人もいますが、ほとんどの人はショッピングモールに行ったり、海に行ったり、思い思いの過ごし方をします。
デイジーはせっかくの機会なので、セブの現実を知りたいと思い、学校の掲示板に張り紙のあったNPO法人セブンスピリットが主宰する、実際にスラム街を訪れる「スタディツアー」なるものに参加することにしました。
1日1.25ドル以下で過ごす人たちが置かれた状況を「絶対貧困」というそうです。
フィリピンは全人口約1億人のうち18%がこの絶対貧困にいて、1日2ドル以下で暮らす人が40%、貧困の状態にある人がなんと60%にものぼるのだとか。
その現場をこの目で見たいと思いました。
マレーシアではスラムの存在を聞いたことがないし、アジアの経済発展の恩恵に預かる私たちは、その陰で搾取されている人たちがいることを見ておくべきだと思ったのです。
しかしそこには、ある意味不謹慎なデイジーの好奇心を打ち砕くかのような現実がありました。
NPOの本拠地に集合し、フィリピンの貧困やスラム街での注意点などの簡単なレクチャーを受けたあと、いよいよスラム街へ徒歩で移動。
20名弱の参加者とともに、第三ポートと呼ばれるスラムエリアに行きました。
日曜日だからか、大人も子どもも道端で行水をする人たちがチラホラ。
そして元気な子どもたちがいっぱい!
みんなとても人懐こく、ぶら下がったり、おんぶをせがんだり。
しかし、子どもたちのすぐ脇を大型のトラックがものすごい勢いで行き来していて、遊ぶにはとても安全な場所とはいえません。
皮膚病を患った子どもも目につきました。
衛生状態が良くないことや十分な医療が受けられないことがわかります。
裸の子も珍しくありません。
公道の両端にバラック小屋のような建物が密集するスラム街。
参加者は7〜8名くらいずつ2班に分かれ、いよいよこの中に入っていきます!!
薄暗く細い路地を、遅れを取らないよう、足元を取られないよう、必死で歩きます。
路地の両側にはブロックを積んだ簡素な住居。
恐らく365日湿っているこの小道は、ゴミが異臭を放っていました。
ここに干していつ乾くのだろうかと思うような洗濯物。
小さな家から顔を出す子ども。
玄関先には、使った食器類が。
スラム街の裏を流れる川から水を引いているのでしょうか……。
下水道もなく、川には汚物も垂れ流されているはず……。
昼間からカードゲームに興じる大人たち。
その目は子どもたちとは対照的にとても虚ろで、周囲にドラッグと思われる異様な匂いがが立ち込めていました。
恐らくこんなふうに撮影しているところが見つかったら危ないのでしょうけれど……iPhoneを両手で隠すように持ち、ぴったり胸につけたまま、画面は見ずにひたすらシャッターを切りながら歩きました。
スラムの中を何分歩いたでしょうか……。
目当ての家に到着しました。
ここは玄関。
小さな痩せた猫が寝ています。
日本ではもう何十年もお目にかかったことのないブラウン管のモノクロテレビが点いていました。
ハンモックにはテレビを凝視する子ども。
これで1階は恐らく3〜4畳ほどのスペース。
靴を脱いで急な階段を2階へ上がり……。
この家の主であるお母さんと娘さんにインタビューしました。
このエリアでは、ほとんど唯一のまともな一家で、ツアーを主催するNPOが直接対話できる数少ない人たちだそう。
右手が、セブアノ語を英語に通訳してくれるローカルのボランティアスタッフ。
参加者が入れば、狭い家はもう身動きできないほどいっぱいに。
しかし、週末になると、この3〜4畳×2階建ての家に、子どもを含め11人が寝泊まりしているのだとか……。
この状況だけでも絶句してしまうのに、少ない所得、十分な教育を受けられないために貧困から抜け出せないという負の連鎖……。
このスラムエリアには、このような家族がなんと1000世帯!
7000人もの人が暮らしているのだとか。
そのうち80%がドラッグ中毒で、大人は子どもの食事や世話よりもドラッグを手に入れることが生きる第一目的になってしまっているのだとか……。
たとえ小学校に入っても、みんな家の手伝いをしたり、小さな兄弟の面倒を見るため、学年が上がるに連れ学校に通う子が減っていくのだそうです。
フィリピンの学校は給食がないため、「学校に行くとおなかが空くから」という理由で登校しない子がいるとも聞きました。
このほかにも、日常的にある銃の発砲事件や望まない妊娠、ひどい衛生状態や医療など、問題を挙げればキリがありません。
質のいい医療やサービスを高額で提供する私立の病院はたくさんあるのに、無料で医療が受けられる公立病院は1つしかなく、庶民は満足な医療が受けられない現実……。
その状態を放置したままの腐敗しきった政府……。
スラムの住人に質問すればするほど、「絶望」という文字がゆっくりと頭を覆っていくのが、わかりました。
もしもあの子たちがうちの子だったら……。
うちの子たちがここで生まれ育っていたら……。
ただ生まれた国や場所が違うだけで、なんという差なんだろう。
自分には何ひとつできることがないという現実に、ただただ立ち尽くすほかありませんでした。
それでも救いだったのは、子どもたちの笑顔。
音楽やスポーツを通じて、子どもたちに生きていう術、ライフスキル教育を授けようと奔走する日本人たち。
https://www.youtube.com/watch?amp;v=ClTSJX8pdg4
※NPO法人セブンスピリットの活動がわかる動画です。
薄暗い家の中で、「年はいくつ」と尋ねられて笑顔で答える少年。
スタディツアーに参加したお兄さんやお姉さんに甘える子どもたち。
2週目の土曜日、学校をチェックアウトしたデイジーは、セブ最後の夜を空港近くのリゾートホテルで過ごしたんですが、つい1週間前に体験したスラムエリアとあまりの差に軽くめまいがしました。
全然リアルじゃない、搾取する者が搾取される者の上に築いたハリボテの世界。
しかし、その閉じた世界の平和と安全に心から安堵している自分もいて……。
自分が生きている場所が、地球上のどこなのか、セブに行って初めて体感できた気がします。
東京にいたころは、アフリカの母子支援のNGOの活動に参加したりしていたのにね。
現実を全然わかってなかったよね。わかったフリをしてカッコばっかりだったよねえ……と、あの頃の自分に向かって思わずつぶやいてみる……。
ちょっとばっかり寄付や慈善活動をしたところで、全然解決しない。
太刀打ちできない。
そんなあきらめと絶望と。
でも確かなことは、デイジーは生まれて初めて実感をもって、この地球の当事者になったということでした。
この種のスタディツアーは、セブだけでなく世界のあちこちで行われているようです。
リゾートホテルで贅沢ももちろんいいけれど、ぜひご自身の目で確かめてみることをオススメします!
たった2週間の滞在でしたが、英語の勉強とショッキングな体験だけじゃなかったんですよ!
よき出会いがたくさんありました。
セブの起業家さんたちが集まるランチ会に呼んでいただいたり、そこで知り合った若い起業家と、リゾートホテルで海を眺めながらただひたすら話し込んだり。
そしてね、同期の仲間たち!!
デイジーよりひとまわり以上も若い人たちが中心で、みんな背景もバラバラ。
セブに行く前は「家族や仲間に協力してもらって、英語を勉強に行くのだから」と、それほど人と交わるつもりもなく出かけたのですが……。
ともに学び、ときに競った仲間たち、すごく楽しかった。
この歳になってめちゃ新鮮な体験でした。
ありがとー!!
全員が卒業する春になったら、東京でまた会おうねと約束。
みんなそれぞれに英語学習を続けているのも励みになります。
ひとりだけ縮尺がおかしいのは、目の錯覚でもなんでもありません!(笑)
元バレーボールの選手だったという彼は、日本人よりずっと小柄なフィリピン人の先生たちからも、この人気ぶり!
彼は今年から新しい職場で働いているんですが、そこで文字通り「期待の大型新人」扱いだそうですよ♪
以上、3回に渡ってお届けしたデイジーのセブ語学留学記でしたっ。
えーっと、ひょっとするとまたも周囲に協力を仰ぎ、年内もう1回くらい行かせてもらうかも!?