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四谷三丁目と開運と寿司屋の玉子焼きがつないだ原点のお話

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クアラルンプールに戻りました。
日本、めちゃくちゃ寒かったです……涙目。

これはマレーシアの気候に慣れたみなさんが口を揃えて言うことですが、日本の夏と冬は正直とてもキツイですね……(花粉症のデイジーは、春もダメな季節……涙)。
あちこちで何度か書いてることですが、「あったかい」って、それだけでカラダにやさしいんですよ。

あまりの寒さとタイトなスケジュールと大荷物が堪えたのか、マレーシアに戻って喉に違和感があったのですが、ひと晩寝たらよくなりました。
子どもらもめったに風邪を引かないし(今は鼻水たらしてますが)、本当にありがたいことです。

さて、本日の本題です。
お寿司屋さんに行って、もしもどれか1品しか頼めないといわれたら、どうしますか?

デイジーはまちがいなく玉子焼きを頼みます(キッパリ)。
できれば、その場で焼いてもらったものを。
(デイジーは、“マグロは基本どうでもいい派”です!)

関西風のふわふわのだし巻き玉子もいいんですが、デイジーは江戸前の甘くてしっかり厚みのある玉子焼きが、大好きなんです。

先週、寒波が覆った東京で、ひとまわりも年下の友人たちに誘われて、久しぶりにきちんとした江戸前のお寿司屋さんに行きました。
四谷三丁目の駅から歩いてすぐの、ノスタルジックなアーチの天井から丸いペンダントランプが下がったエントランスが、当時はとてもハイカラだったと思われる昭和の雑居ビルの中に隠れるようにしてある店。

駅から店までの短い道のり、長男たろうが2歳の夏、当時 “働くくるま”が大好きだったので、消防博物館に連れてきたなあとか、そういえば東京おもちゃ美術館にも何度か来たなあ、と懐かしく思いながら。

でも、もっというと、およそ20年前(!!)この街はデイジーが最初に勤めた小さな制作会社があった街でした。

ああ、あそこのカラオケ屋さんで、入稿が終わると会社の先輩たちと熱唱したっけ(でもたぶん店の経営も名前も当時とは変わっている)。
有名なパン屋さんとかカレー屋さんは、確か今もあるな。
当時学生だったデイジー弟が何かの用事で訪ねてきたとき、安月給なのに背伸びして2500円の車海老天丼を食べさせた老舗はまだあるかな……。
マレーシアで花屋をはじめてからは、東京堂には今もたまにお世話になっている……。
そんなことも頭をよぎりました。

お寿司屋さんはビルが古い割にはきれいに改装されていて、常連さんたちにとても愛されている雰囲気。
角を使って4人で囲んだカウンターは、意外と話しやすく、高さもちょうどいい。
お酒の品揃えは、日本酒に限っていうと見事のひと言で、めったに飲むことのできない「開運」のおいしさに思わず目を見張ったのでした。

「開運」は、静岡県掛川市にあるつくり酒屋。
糖質制限ダイエット中の人は絶対に飲んではならない(笑)、北国の酒のようにとんがりのない、ふくふくとした甘さがたまらないお酒なのです。

実は静岡は、デイジーがくだんの四谷三丁目の制作会社で担当していたエリア。
そこで何をつくっていたかというと、某出版社の旅行のガイドブックを編集していたのです。
新人だったデイジーは、伊豆から浜松までの静岡全県と伊豆七島がメイン担当で、景勝地やビーチ、温泉はもちろんのこと、高級旅館から民宿、和洋中問わずおいしい味どころ、美術館やら博物館、名産品の産地……わずか2年半ほどの間にあちこちを取材しました。
山も登ったし、ボートにも馬にもパラグライダーにも乗りました。

「開運」もそんななかで出会った名産品のひとつ。
「四谷三丁目」に「開運」に、今夜はやけに懐かしい記憶とつながるなあと思っていたら……目の前にいる大将がそれはそれは見事な職人技で、玉子焼きを焼きはじめたではありませんか!

「お寿司屋さんの玉子焼き」といえば、取材で神津島の集落にあった店を訪ねたときのこと。
当時、ぴかぴかの新人だったデイジーは、研修という名のもとに社長や社内カメラマン、モデルさんとともに、10日ほど伊豆七島をめぐるロケに来ていました。

集落に1軒しかないその店を取材させてもらおうと、ランチがてら暖簾をくぐると……店主はよそ者を一瞥して厳しい顔つき。
うわあああ、とちょっとビビる新人デイジー。

社長が寿司をつまみながら、ぜひガイドブックで紹介させてほしいというと、店主の答えはその顔に書いてあるとおり、頑なにノー。
せっかく寿司はおいしいのに……ガイドブックで紹介することができたら、読者にとってもうれしいのに……。

そんなことを思いながら、店主と社長のあまり穏やかでないやりとりを聞きながら、何気なく玉子焼きを口に運ぶと……やだ何これ、超おいしい!!

「こんなにおいしい玉子焼き、食べたことないです! 私、餃子の次に玉子焼きが好きなんですよ〜!!(当時の話で今は違いますw)」

デイジーがそう言ってしばらくたったあと、店主が黙って店の奥に消えました。
そして、焼き立ての玉子焼きを手に再び現れたのです!!
それを私たちそれぞれの寿司下駄に盛り付けると、「明日の昼すぎに来な」と、ひと言。

編集者として、取材拒否の店を初めて落とした瞬間でした(笑)。
その後、何度落としたことか……まあ、それは今回の主題とは関係がないので置いておくとして、以来、デイジーが取材拒否の店や頑固職人に苦手意識をもたなくなったのは、言うまでもありません。

実はこの話には、悲しい後日談があります。
1年くらい経ったあとでしょうか。
例の寿司店に電話をする機会がありました。

ガイドブックの改訂にあたり、掲載情報に間違いがないか、確認するためです。
けれど、何度かけても電話には誰も出ませんでした。

気になって、近所の民宿に確認したところ、半年ほど前にあの店主ははしごから落ち、打ちどころが悪くて亡くなったそうです。
もともと奥さんを亡くされていて、男手ひとつでお子さんを育てていたそうですが、今は高齢のおばあさんが引き取っているとのことでした……。

今でも忘れられないお寿司屋さんの玉子焼きが、二度と食べられない玉子焼きになってしまってから、もうかれこれ20年が経過します。

気がつけば、ガイドブックはスマホにとって代わられ、元旅行ガイドブック編集者のデイジーも、もはやガイドブックを買っていません(苦笑)。
出かけた先で、アプリでおいしい店があるかどうか、すぐさまチェック。
誰かがアップした写真やレビューを見て足を運んでいます。

でも、こんな時代だからこそ、編集者としてまだやれることがあるんだよな、たぶん。
凍てつく夜空を見上げながら、それがあと5年なのか、10年なのか、15年なのかわからないけれど……。
編集者デイジー、思いがけず原点に還った新年の夜でした。

さあ、明日の朝も、長男たろうのお弁当に玉子焼きを焼いて入れよう。
お寿司屋さんのようには、うまく焼けないんだけど。